今回のブックレビューは、
*** 『日時計主義とは何か?』 谷口雅宣(著)    ***
*** 『自信エネルギー開発法』 
        ロバート・アンソニー(著)石井礼子(訳) ***

です。内容を一部抜粋してご紹介します♪♪




日時計主義とは何か?

著者:谷口雅宣

真象と偽象 (p.87~89)

 私は先に“意味優先”と“感覚優先”の視点を紹介し、前者の視点で見るとつまらないものでも、後者の視点に切り替えると、その価値が認められる場合があると述べた。そして、「感覚は私たちを直接感動へと導くことができる」と書いた。しかし、それは、感覚の刺激によって「本当にある世界」を知ることができるという意味ではない。それでは、快楽主義と何も変わらないだろう。私が言いたいのは、私たち人間にとって、肉体はこの世における表現の唯一の媒体だから、肉体の付属器官である感覚からのメッセージをないがしろにするな、ということである。
 すでに何回も書いたように、「人間が感覚する世界(現象)と本当にある世界(実相)は異なる」というのが生長の家の信仰の基本である。だから、感覚によって直接“神の国”や“仏の浄土”を見たり、感じたりすることはできない。私たちにできるのは、感覚を通しながらも、感覚の背後にある「本当の世界」を知ることである。もちろん、感覚を通して知るものの中には「ニセモノ」や「悪」や「迷い」なども含まれる。それらはしかし、私たちの心に不快感や拒絶感を生み出すことは、「悪」の問題を扱った節ですでに述べた通りである。つまり、私たちは現象生活を送りながらも、「ニセモノ」や「悪」や「迷い」を判別する力をもっているのである。
 生長の家では、このような悪現象を、「実相には存在しない偽りの象」という意味で「偽象」と呼ぶ。これに対して、現象の中で真実の存在(実相)を反映するもの――「ホンモノ」や「善」や「悟り」など――を「真象」と 呼んでいる。私が読者に“感覚優先”の視点をもつことをお勧めするのは、日常生活の中に(偽象ではなく)「真象」が数多く存在することにもっと気づき、それらをもっと実感していただきたいからである。
 本書で提唱する「日時計主義」も結局、そのような真象をより多く見るための考え方であり、真象を感じるための実践である。日常生活の中で「偽象」に注目し、あるいは自分の欲望から来る「不足」を認めて不満を募らせる人と、生活のあらゆる面に「真象」を見出し、すでに与えられている仏の「慈悲」や神の「恵み」を感じて感謝する人――神の国で宴会の席につくのがどちらかは、もはや説明を要しまい。





自信エネルギー開発法

著者:ロバート・アンソニー
訳者:石井礼子



価値判断によるダメージ (p.58~59)

 もしあなたが、肯定的で前向きな自己評価をしたいなら、あらゆる価値判断をやめなければならない。価値判断は必ずあなたをだめにする。口に出してしないというだけでなく、心の中でも絶対にしてはならない。「人間は、自分が思い描く通りのものになる」ということを思い出してほしい。心の力は大きいのである。
 次に私達は、全ての価値判断には根拠がないということを理解することが必要だ。正しい正しくないにかかわらず、人はみな自分のしなければならないことを、必然的に行なっているだけだ。しかもそれは、現時点での気づき が決定しているにすぎないのだ。
 以上のことを忘れてはならない。そしてこれをあなたの気づきの一部にするのだ。そうすれば、もう自分自身の、あるいは他人の価値判断をすることはなくなる。
 人の値ぶみが、道徳に反していると誰かに言われたからといって、態度を改めようとしても無理だろう。まず自分自身に対する価値判断をやめることから始めよう。すると他人に対してもしなくなり、自分も人も、ともに愛せ るようになる。自分を愛し、高く評価できるようになった時、自己批判的で自滅的な生き方から抜け出せる。そしてその姿勢のまま、外の世界にも接することができるようになる。
 人をありのまま愛せるようになれば、その気持ちが相手に伝わり、その人もあなたを愛してくれる。あなたに関するどんなことを知っていようとも、彼らは決してあなたの値ぶみはしないはずだ。
 愛し愛されるための秘訣は、価値判断を永久に棄て去ることである。