今回のブックレビューは、
*** 『新選 谷口雅春選集7 靈界の妻は語る』
                     R・M・レスター(著)・谷口雅春(訳)  ***
*** 『前世を記憶する子どもたち』
               イアン・スティーヴンソン(著)・笠原敏雄(訳)  ***

です。内容を一部抜粋してご紹介します♪♪




新選 谷口雅春選集7 靈界の妻は語る


著者:R・M・レスター
訳者:谷口雅春



第十一章 直接憑依現象(p.241〜242)

 この直接憑依による對話が行はれてゐる間に、わたしは以前に他の靈媒を通して質問したことがある一つの疑問――彼女が靈界の生活を全然知らないで死んだために彼女は長い間混迷と暗遒両態でゐたのではないかと云ふ問題について再びたづねてみた。彼女は答へた。「ねえ、あなた、それほど長くはございませんでしたが、暫くの間は、わたくしは何事もわきまへることができませんでした。たしかにわたくし、まだ靈界へ移つたとは夢にも思つてゐませんでしたわ。わたくしその頃まだ病院にゐてある種の麻醉劑の影響がさめないので頭がボーとしてゐるのかと思ってゐました。併し、最初は何もかも混沌としたやうに見えました。併しあなたが靈界のわたくしに會はうとして早くから努力をして下さいましたことが大變役に立つたんですわ。わたくしもあなたと一緒に靈界のことに就いて習ぶことができました。そしてあなたのところへ歸つて來ることができることを知り、更に後にはあなたに話すことさへ出來ると云ふことまで知り、嬉しさで息がとまるほどでしたわ!」
 彼女は、此のやうに生きてゐる肉體の内部に入つて私に話しかける方法は稀にしか許されない一大特權であると云ふことを話した。





前世を記憶する子どもたち

著者:イアン・スティーヴンソン
訳者:笠原敏雄  



エリン・ジャクソンの事例(p.145〜146)

 エリンは、前世の話をしていた頃、「男の子だった時」とか「ジョンと呼ばれていた時」という表現をしばしば使った。こうした表現は、「ジョンという名前だった時、みんなで湖に行って、大きな船を浮かべたの」とか、「男の子だった時、おうちに黒いイヌと白いネコがいたよ」などという表現として使われていた。エリンは、自分をかわいがりよく面倒を見てくれる継母と、ジェイムズという名前の兄弟がいる、と言った。本人の記憶によれば、ジェイムズは黒い服が非常に好きで、下着にも黒を着たがるほどだったという。
 エリンは、前世で暮らした場所については話さなかったし、いつ頃のことだったかについても直接には語らなかった。しかし、広告の看板や電柱が立ち並び、車がひしめき合っている現代のアメリカの幹線道路が見苦しいことはしばしば口にしていた。田園地帯(および都会)の美しさが損なわれてしまったことについても、時おりひとり言のように呟いていたし、「馬がいた頃はずうっとよかった。車はひどいよ。何もかもめちゃくちゃにしただけじゃない」などという言葉も母親は聞いている。(アメリカの田園風景が損なわれるまでには、数十年を要した。それが始まったのは、ヘンリー・フォードが自動車の量産方式を確立し、それにより近代的な幹線道路が建設されるようになった一九一〇年頃と言えよう。この見方が正しければ、エリンは、少なくとも一九三〇年以前の時代について語っていることになる。)
 自分は昔男の子だったという確信と軌を一にして、エリンは、男児のような服装をし、男児がするようなことをしたがった。男児と女児は違う服装をするものだということがわかる年齢になるとまもなく、男の子の服を着ると言い張ったのである。