今回のブックレビューは、
*** 『奇蹟の時は今』          
           J・E・アディントン(著) 谷口雅春(訳) ***
*** 『子供と母の本』            谷口雅春(著) ***

です。内容を一部抜粋してご紹介します♪♪




奇蹟の時は今

著者:J・E・アディントン
訳者:谷口雅春

心に新しい鋳型ができるとき人生体験が一変する (p.211~213)

 “心”にこのような変化が起ったとき、われわれの肉体が、その変化を反映し始めるということは何も驚くべきことではないのであって、それを称してわれわれは神癒を得たというのである。
 われわれの女の友だちのひとりは、それこそ好い実例である。多年にわたって彼女は人間社会から“退け者”にされているように感じて、はなはだ淋しい、不愉快な生活を送っていたのであった。ところが彼女は“科学的祈り”について学習する機会をもったのである。彼女は“祈り”を通して人生と調和ある関係に自分をあらしめることができるということを知ったのだった。過去を顧みるならば、彼女が、遙か彼方の天にまします神に祈っておった前々の時には、却って手の届かない感じで却って寂寥の感じを増した位であったが、今や彼女は、彼女が居る今此処に“愛の神が現前し給う”と感じて“神を直接体験する”というような感じで祈ることを知ったのであった。彼女はそのような“神との一体感”の中に自己を浸透させるような祈りをするようになった。すると、徐々にではあるが、過去にあった如き“人生から疎外されている”というような感じが剥落して行ったのである。彼女の心にそのように完全な内的変化が起ったとき、彼女の友達が外から見たら彼女は全く別人になってしまっていた。それだから友だちはみな「何かあなたに起ったのですか」と不思議がって尋ねるほどになったのだった。
 以前には彼女はジダラクな憂鬱な種類の人間だったのである。ところが、今では輝くような明るい性格の人間に変ったのだった。彼女は自分は人から愛されていると感じるようになった、そして、それだからすべての人間が彼女を愛したのであった。併し彼女が、如何に祈るべきかを知った時に、彼女に起ったお蔭ともいうべきものは唯それだけではなかったのである。彼女がもっていた慢性のいくつもの持病が突然治ってしまったので彼女は驚いたのだった。彼女がわたしに話したところによると、そんなことは彼女が受けた色々の功徳のうちの随伴現象に過ぎなかった。御覧、彼女は肉体の病気を癒したまえと一度も祈ったことはなかった、肉体の病気が治癒したのは、彼女の“想念”――“ものの考え方”が変るに従って生じた現象だったのである。彼女は自己の想念の“型”を一変したのだった、するとその結果として肉体の変化が起ったのだった。



子供と母の本

著者:谷口雅春

“神の子”の自覚をもって劣等感を棄てなさい (p.112)

 私たちが単に“肉体”から生まれて“肉体の子”(すなわち物質から生まれた物質の子)だと思っていると、物質はその目方だけの力しか出ないから自然に劣等感をもっているわけでありますが、自分が“肉体の子”ではなく“神の子”だと悟ったら劣等感がフッ飛んでしまうのです。そして、自分は、今ここに“神の子”が生まれているんだと悟ることは、恰度キリストが聖母マリヤに懐妊るときに、天の使がキリストの霊をもって来て、聖母マリヤのお腹の中に入れた――というように伝えられて、イエスは、自分は「神の子」だという自覚を得て、「肉体の子」だという劣等感の自覚が消えて、これだけの素晴らしいことが出来たのであります。

肉体は人間の繭である、繭は蚕でない如く人間は肉体でない (p.112~113)

 ちょうどこれと同じことが、生長の家に来られるとできるんです。皆んなを“神の子”キリストにするんです。皆さんは肉体から生まれたんじゃないのであって“神の子”なる霊的生命が天降って、お母さんの肉体の繭の中にしばらくやどって生まれて来たのである。自分の本体は霊的生命なんだ、“神の子”だ、神の生命の分霊が宿っているんだ、というそういう尊い自己信頼の自覚を得ますから、自信力がついて、劣等感が吹っ飛んでしまうのです。その結果、おのずから成績がよくなるということになるのであります。