今回のブックレビューは、
*** 『心と癌――癌症状を克服した人々の貴重な記録』
                     谷口雅春(著) ***
*** 『「無限」を生きるために』       谷口清超(著) ***

です。内容を一部抜粋してご紹介します♪♪




心と癌――癌症状を克服した人々の貴重な記録

著者:谷口雅春

神の声を聞く (p.233~234)

「何と頼りない自分だろうか」と沼倉さんは思った。「せめて一時間だけでも、この人のために祈らせて下さい」と、神に一心に願いながら、全身打ちひしがれるような苦しみに耐えつつ「とにかく、私は死んでも好いから一時間、祈らせて下さい」と、その方に精神を集中していたのであった。あとで聞いてみると、沼倉さんが祈ってあげていた相手の人は、その時間にちょうど血を喀いていたのであるが、その祈りのために多少よくなったということであった。
 沼倉さんが自分の苦痛をこらえて一心に祈りつづけようとする。その祈りの懸命の最中に、声なき声が聞こえて来るのであった。それは、
“何も考えるな、何も考えるな” 
 という声なき声が聞こえるのである。沼倉さんは何も考えるなといわれなくとも、もう肉体が苦しくて、ほとんど何も考える力がなくなり、心が自然に澄みきって来たのだった。その時、また突然声なき声が聞こえて来た。「汝は、人の実相の善を見よう、見ようと心掛けていたけれども、それは裏に対する表だけ“相対の善”を見ようとしていたのだ。欠点に対する長所だけを見ようとしていただけだ。“実相の善”はそのような相対の善ではないのだ。欠点に対する長所とか、裏に対する表というような比較的のものが“実相の善”ではないのだ。短所に対する長所とか、悪に対する善だとかいうそんな相対的なものは存在しないのである。現象は無いのだ。物質はないのだ。本当にあるのは、ただ全部生命のみだ、実相だけだ。“絶対の善”ばかりなのだ。」



「無限」を生きるために

著者:谷口清超

怨み骨髄に徹す (p.65~67)

 文子さんはその夜一晩休んだが、翌日また健太君が彼女の所に来て、こう言うのだ。
「お母さんが生長の家をやめたら、もう僕、道場に行かれなくなるね」
 とても淋しそうに言う。その時文子さんはハッと気付いた。私は何か、大きな間違いをしているのではないか。そう思った瞬間、「父母の声は神の声」というコトバが浮かんで来た。では何故、神様が“悪魔の子”などとおっしゃるのだろうか……それは本当の神の声ではなく、私の心だったのだ。息子に「よくなってほしい、良くなってほしい」といつも思っていた私を、神様は「現象を掴むな」と教えて下さるために、そんな言葉がおばあちゃんの口から出てきたのだ――と気付いたのである。
 その瞬間、孫を“悪魔の子”とまで言って、私を導いて下さったおかあさん、ありがとうございます――と、心の底から姑さんに感謝することができた。それまでの文子さんは姑に対する怨み骨髄に徹する気持が強く、どれだけ浄心行をしても、感謝などできない心境だった。けれどもその瞬間に、心から感謝することができた。そしてすごくスガスガしい気持で両親のお部屋に行って、「お早うございます」と挨拶した。
 すると文子さんがまだそれ以外に何も言わないうちに、姑さんがこう言われた。
「あたしも道場へ行って、生長の家を勉強したくなったから、河口湖の道場へ行ってこようと思う」
 こうして姑さんは道場に行き、十日間の練成を受けて帰宅された。するとその時ニコニコして、文子さんの前に両手をつき、
「ありがとうございました。生長の家はすばらしい教えでした。私は生長の家を誤解していました。孫は神の子でした……」
 とおっしゃったのである。このようにして、文子さんの心の変化は、即座に姑さんの心に感応し、今までの一触即発の状態が、和解と感謝の生活に変わり、嫁姑は大調和することができたのである。
 やがて文子さんは白鳩会の支部長となり、自宅で「白鳩会」も始まるようになり、姑さんも誌友会に出席して下さるようになったのである。