新天地
新天地 2026年2月
教化部長 各務 洋行
包容主義で地球社会貢献活動を推進
皆様、厳しい寒さが続きますが、世界平和実現の為、日々『人類同胞大調和六章経』『万物調和六章経』読誦、「世界平和の祈り・新バージョン」を実修し「地球社会貢献活動」を推進下さっています事、厚く御礼申し上げます。
そんな厳しい寒さの中、練成会(1月23日〜25日)が開催されました。豊中市など大阪北部では雪も降る程の寒波でしたが、他教区や他宗教の方々も参加され、1日平均161名(延べ日数484日、参加人数311名)と盛会になりました。皆様、誠に有り難うございました。
実は今回、アクシデントがありました。私は練成会の約10日前、「青少年まなびの広場・小学生の部」野外研修・若草山(1月12日)で転んで膝をけがしてしまい、20針縫ったのです。10日ほど入院となり、当初は練成会中も入院予定でしたが、練成前日に急遽、予定より5日も早く退院出来ました。
このため、宿泊行事は中止になり「日帰り」となりました事、誠に申し訳ありませんでした。
しかし、練成会は活気がありました。私は車椅子と松葉杖でしたが、初日から多くの方が参加されました。先祖供養祭では霊牌数が14,400柱と通常より2割ほど(約3,000柱)多く、新年早々多くの御霊様が祀られ、一家と教区の発展に繋がるものと嬉しく思いました。
また2日目も200名以上の方の参加があり、舟木しのぶさんの体験談「人生はドラマである」はまさに「人生はドラマ」そのものでした。
舟木さんは若い時に結婚したのの、ご主人の借金が発覚し、借金を半分(240万円)肩代わりするという条件で離婚されました。その後再婚し、今度はご主人に恵まれるも、お子さんの自閉症等で苦労をします。しかし生長の家の教えの実践と光明化運動に参画する事で、お子さん自身も「青少年まなびの広場」に欠かさず参加するようになり、今では立派な社会人になっています。もっと聞きたかったくらい素晴らしい体験でした。
その後の浄心行で、舟木さんの体験談効果もあってか「浄心懺悔文」が多く出され、聖経読誦中には全て焼却しきれない程でした。また最終日の「祈り合いの神想観」には27名の方が前に出られ、個人の願いの他、青少年やPBSミニイベント推進など光明化運動前進の祈願も多く出されました。
練成会が「愛と感謝」の明るい活気ある内容になり、嬉しく思います。前述しましたが、練成会の約10日前(1月11日〜12日)が「青少年まなびの広場・小学生の部」でした。小学生は23名、他約60名のオブザーバーが参加されました。
初日は恒例の餅つき大会です。本来、餅つきは別々の餅米を1つにして新しい価値、おもちを作るのですが、この時は「人類と自然」、「世界の人々と世界の人々」、「ウクライナとロシア」のことを思い餅つき、「世界はひとつ」と祈りを込めました。そして鏡餅を作って屋上の「造化の三神」ムスビの神様にお供えしました。
翌日は、その「ムスビの神様」の霊波に包まれた鏡餅を持って、奈良県の若草山にバス2台で行きました。若草山頂にある古墳・御陵の石碑の前で、横田委員長の先導のもと、先ず先人に感謝の祈り、続いて四方拝(北・東・南・西の順)、「大自然は皆神様の現れです。世界の皆様が幸福でありますように。」と祈りました。
次は「天の使い」シカにエサやりをし、シカと共に世界に向けて手を振り、「ウクライナに平和を」と祈願しました。圧倒的な大自然の中で、「世界はひとつ」の鏡餅を手に世界平和を祈る。きっと鏡餅から光が世界に放射、皆の祈りが世界に放射された事と思われます。現代に生まれた青少年の使命を生きる、尊い行事となりました事を感謝致します。
この日、いつもは山頂に20匹ほどいるシカが1匹も見当たらない。辺りを探してみると100メートルほど下の林の中に固まって群れていました。寒くて林の中で暖をとっていたのですね。そこで「鹿せんべい」で引き寄せると3匹出て来たので、私はそのまま後ろ向きで小走りしました。途中で前向きに姿勢を変えようとして足がもつれ左側の木に体ごと顔面からバーンとぶつかってしまいました。このとき眼鏡の左レンズが外れましたが、直ぐにはめてまたシカを追いました。
しばらくして足下を見るとズボンの左膝が破れて血がついている。ほとんど痛みは感じませんでしたが、左膝が10センチほどぱっくり割れていました。直ぐに岡田事務局長に車で教化部まで送って貰い、救急車を呼んで「関西電力病院」に搬送されました。結局20針縫い入院することに。「入院期間は最低2週間、退院は早くて1月27日の火曜日です。」と担当医に告げられました。練成会明けの二日後の1月27日に退院となると、「練成会はダメか」と諦めていました。ところが突然練成の前日(22日・木曜日)に退院する事が出来たのです。傷の経過がとても良かったのです。皆様の神癒祈願・お祈りのお蔭と感謝致します。
今回入院して色々考えました。何故こんなことになったのだろうかと。先ず体調面から言うと、足がもつれたのはこの2年で約7キロ太った事、運動不足で筋力が落ちた事です。心の面からは、「疲れが溜まっているから少し休まなくてはいけない。」と常々思っていた。それが強制休暇になって現れた。
「“心の法則”と“平和への道”の神示」には「病いを忘れざる者は、如何なる善行の者も、如何なる積徳の者も、すべて軈(や)がては病いに逢わん。」とあります。つまり、いくら教化部長でもマイナス(休まないといけない)を強く思うと実現すると言う事です。
またこの機会に一度、一生を振り返って心を見つめ直す事にしました。谷口雅春先生も晩年、幼少児の意業口業を書いて浄心行を受けられましたので、(昭和51年9月『生長の家誌』95頁)我慢してきた事、押し込んである事等がないかと考えました。すると不登校とその時の家庭の事、その後の事など色々思い出されてきました。事務局長に持って来て貰った浄心懺悔文に書くとその翌日(つまり練成会の前日の1月22日)、急に退院となったのです。さらに病院の治療についても色々考えさせられました。先ずは点滴。「今神様の癒やしが流れ入る、流れ入る。」と感じられました。更に担当医も、看護師も、スタッフも皆とても愛深い。分かったことは、医療は体を治すだけではない、心も癒やしていると言う事。すると病院全体が1つの大きな「神様の癒やしの場」のように見えてきました。(生長の家は本人の実相の自覚によって根本的に癒える。)
この医療の見方の大きな変化、そして自分の心を見つめ直す機会となった事、シカに追われて転んだからこそ得られた事です。やはり「シカは天の使い」だったのです。救わずにおれない神様の愛の現れだった。この愛で包むのが「包容主義」です。若草山で「世界はひとつ」と包んだ、練成会では「愛と感謝」で包んだ。そして「無償の愛の実践」で地球社会を包む。包容主義で地球社会貢献活動を進めて参りましょう。

