千葉の灯(せんようのともしび)2026年4月
万物調和の想いを込めて
教化部長 小池 聖明
皆さま、ありがとうございます。
4月1日付で千葉教区の教化部長を拝命いたしました小池聖明です。
私は中学生の時に自宅にあった『理想世界ジュニア版』で生長の家の教えにふれました。それは母が机の上にそっと置いたものでした。
母は子供の頃から生長の家を信仰する家庭に育ちましたが、私が小学4年生の時に交通事故に遭ったことが機縁となって、自分の意思で会員になったという事を、つい最近知りました。
覚えているのは、前総裁・谷口清超先生ご執筆の巻頭言「ジュニア讃歌」を読んで、どんな人間にも神性・仏性が内在しているという事を教わり、学校の先生や友人の良いところを見ようと自分の考え方が大きく変化したことです。あらためて、縁をつないでくれた母に感謝の思いを深めました。高校卒業後、街角で勧誘されるままにキリスト教や仏教の話を聴くことがありましたが、どれも腑に落ちず、最後に行き着いたのは、人間は善一元の存在であり、悪はないと説く生長の家の教えでした。
平成2年に青年会全国大会への参加を機に、青年会の方に誘われて、誌友会や一泊見真会に通うようになりました。大多喜で開催された夏の小学生練成会に運営委員として参加した際、子供達が小さな手を合わせて神想観をしている姿をみて感動して涙がとまらなくなりました。
当時、隔週の火曜日に教化部長と地方講師会長が、交代で青年会の「生命の実相勉強会」をご指導下さり、心の焦点を善一元の世界に合わせるために祈りが大切であることを学びました。毎週日曜日の早朝、講習会場前で聖経を読誦する集まりに参加したり、早朝5時に電話でモーニングコールを回して神想観に励んだり、とにかく祈ることが大好きな仲間の集まりだったことを懐かしく思います。
また、私が千葉の運動で印象に残っているのは“讃嘆”の素晴らしさです。会議の参加者どうしが讃嘆しあい、会員にバースデーカードを送り、先に帰る仲間を教化部の玄関までお見送りをする温かい光景は今でも忘れません。1人1人が個性を尊重しあい、お互いの特技や能力を持ち寄って行事運営などを行った経験は、その後の人生に生きているように思います。
生長の家総裁・谷口雅宣先生は、新年のメッセージで、すべての人々を同じ仲間の「神の子」と認め、おたがいの「善い」共通点を認め、共通しない部分は「個性」や「多様性」として“包容”し、否定や排除をしない「包容主義」をお勧め下さいました。私達は日常生活や組織の活動においても、このことを実践できればと思います。総裁・谷口雅宣先生著の『日々の祈り』の「多様性の中に神を見る祈り」に次の一節があります。
唯一絶対にして無限なる神が自己表現されるとき、それは「複数」となり、「多様」に展開し、「調和」が顕れるのである。無限は多数の有限となり、多様な特徴となり、それぞれが互いに調和へと動き出すのである。
昨年の機関誌『生長の家』6月号にて、本島彰さんが「喜びごと」を聞く祝福家庭訪問をなさっておられる記事を読んで、人と人が信仰の喜びを共有しあうことは、なんと素晴らしいことなのだろうとあらためて感動しました。人は本来実相において一つであるから、おたがいの善い話を聴いて、わが事のように感動を覚えるのだと思います。それが神の世界が一即多・多即一である所以ではないでしょうか。
聖歌「遙かなる国」には次の一節があります。
たわわにぞ華果の実りて
住むひとはことごとく
愛ふかく智慧あふれ
助け合い信じ合い与え合い
ほめ言葉海山里に
こだましつこだましつ
私達はこの歌にあるようにお互いに讃嘆し合いながら、さらに、自然界の動物、植物、菌類にまで、私達の讃嘆の心を広げていきたいと思います。
去る3月11日、神・自然・人間の大調和祈念祭において総裁・谷口雅宣先生は、日常生活の中に“真象”を観ることの大切さをお説き下さり、俳句を詠むことは、17音中に神・自然・人間の共同体をパックする練習、「自他一体」の自覚を深めるトレーニングであると教えて下さいました。
このご指導を受け、俳句をはじめ、私達1人1人の得意分野を生かして、活動の一瞬一瞬に神・自然・人間の大調和を折り込んだ楽しい運動ができればと思っています。茨城教区との兼務で千葉県教化部に滞在するのは半月ほどですが、1人でも多くの方とお話したいと思っておりますので、気軽に教化部長室をおたずね下さい。
千葉教区の沢山の信徒の皆さまに育てていただいた私ですので、恩返しできるよう、日々精進して参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

