真理への道はただひとつ
「人間は神の子だ」ということである

千葉の灯(せんようのともしび)2026年6月

ご先祖様を身近に感じて生きる生活を伝えよう

教化部長 小池 聖明
教化部長 小池 聖明 谷口雅春先生は『生長の家七つの光明宣言』の2つ目で「吾等は生命顕現の法則を無限生長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず」と説かれ、人間は肉体の死後も個性を備えたまま命が生き通していることを説かれました。
 そして、肉体は私達が地球学校で勉強するために与えられた宇宙服のようなものであり、私達の肉体が死んでも、永遠に生き通しているいのちが「神の子」であるから、肉体の欠点や病気や失敗に引っかからないで「神の子・無限生命」を讃嘆することの大切さをお説き下さいました。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生は、『宗教はなぜ都会を離れるか?』(144頁)で、『Born Believers(人間は生まれながらの信仰者である)』」というタイトルのアメリカの発達心理学者の本をご紹介下さいました。人間は生まれてから1歳になるまでに“自然に”信仰心を持つようになり、その信仰を「自然宗教」と呼ぶ考え方が示されています。その信仰の内容には7箇条があり、1番目は「この世界には人間以上の、人間を超えた能力をもった超人的な存在がある」とあり、7番目には「人間は死後不滅」があり、生後1歳の赤ちゃんはすでに人間は死後不滅だという認識をもっているというのです。

 総裁先生は、日本では世論調査や統計をとると無宗教だと答える人が多い状況でも、多くの人々はお盆になると里帰りをして墓参りをするのだから、人間の心の基盤には自然宗教のような“信仰”があると考えれば、私達がこれから伝道をする際にも、誰でも“自然宗教の仲間”だと思ってつきあえることになるのではないかと述べられました。

 近年、宗教団体に所属する人が減っている一方で、神社仏閣を訪れる人は増え、スピリチュアルなことに興味を持つ若者は増えているようです。日本では、古来から先祖が田の神として山から下りてきて豊穣をもたらしてくれると信じてお祀りし、収穫の際は感謝を捧げるというような信仰が根付いてきました。それを思うと、私は、現代人も少なからず死後の生命を信じてご先祖を供養する遺伝子を受け継いでいるのではないかとも思います。

 白鳩会総裁・谷口純子先生のご著書『夢の地平線』18頁を引用します。
 すべての人に親があり、連綿と続く先祖の存在は確かなものだ。命のつながりを大切にすることは、自分という存在を大切にすることと同じである。
核家族や独り住まいであっても、ご先祖に感謝の思いが表現できる場所を作ることはとても大切だ。神棚や仏壇がなくても、心の拠り所となる場所を設けるとなぜか不思議と心の安定が得られる。初物や頂き物があった時にそこに供えるなどし、自分の心を振り返る場所として、また亡き人を思うところとして、人にはそういうものが必要だ。

 信徒の皆さまにおかれましては、生長の家宇治別格本山で執り行われる盂蘭盆供養大祭に向けて、親族縁族の霊牌、生長の家の物故者の霊牌などを各自、感謝の思いを込めて記載されることと思います。特に、これからの時期に、白鳩会、相愛会、青年会の各単位組織や地区連において、誌友会や会議の開催に合わせて、先祖供養を執り行う場合は、『新版 人生を支配する先祖供養』75頁の「誌友会等にて先祖供養する場合」の項を参考になさって下さい。

 先導者は最初に招神歌を唱え、招霊の言葉、祝詞を唱えて、神様のお護りの中で、聖経読誦のうちにご供養をお願いします。地元での感謝供養祭は日頃から先祖供養になじみのない信徒の方や新たに誌友会にご参加の方に、先祖供養の意義をお伝えするのには良い機会になると思います。

 先祖供養が一般の人々にもっと身近なものになれば良いでのはないかと思う今日この頃です。御経をあげ、花や飲食を供えることによって、ご先祖様に感謝の思いをささげるような習慣をこれからも子や孫の代にまで伝えていきたいものです。