千葉の灯(せんようのともしび)2026年5月
日常生活に神・自然・人間の大調和を表現しよう
教化部長 小池 聖明
去る3月11日の神・自然・人間の大調和祈念祭で総裁先生は、現在のイランとイスラエルの戦争の根源には、「善悪対立の二元論」と「唯物的世界観」があると示され、“ゼロサム社会”という考え方をご紹介下さいました。
誰かの“利益”は誰かの“損”であり、そこにはwin-win(ウィンウィン:お互いに利益がある関係)は存在しないという考え方で、アメリカの国際政治専門誌から、アメリカの大統領が「世界はゼロサムゲームであり、どんな関係においても自分が相手よりも多く得る道を確保することができる」という捕食性覇権者の考え方を主張していると示され、現在、氷が溶けた北極圏に眠る天然資源を、ロシア、ヨーロッパ、アメリカが奪い合うような状況に向かっていることを紹介されました。
生長の家は環境・運命は心の影であるから日常生活の中に“真象”を観る、私達の日常生活は素晴らしいものに満ちていると思うことで、今、世界で起きている事の反対の「与えれば与えられる世界」が“本当である”ことが分かると示されました。そこで思い出すのは、先生が2012年に刊行された『生長の家ってどんな教え?問答有用、生長の家講習会』の一節です。同書96頁を引用します。
神様の御心を生きたとき、人間はどんなに自分を与えて、それが他の得になっても、そのために自分が減ってしまうことはない。与えれば与えるほど、生命が涌いてくる。つまり、ある一人の人間の得になることが、別の人間の損になるという、そういう“ゼロサム”の関係は実相世界には存在しないのです。(中略)自分にとって得になるものが、別の人にとっては損になるということは実相世界にはないんです。「無限大」であり「無尽蔵」であるのが実相ですから、すべてのものが得をしているのが実相世界です。
私達は近年、地球上の有限な地下資源を奪い合う世界から、豊かに与えられている自然の恵みに感謝し自然に与え返す世界に転換していくところに私達の実相顕現運動の意義があることを学んできました。脱原発と自然エネルギーの利用などもその運動の一環ですね。
そこでとても大切なことは、そのような与え合う、“本当の世界”を現象世界に表現することができるかどうかは、私達の心の中の問題だということです。私達は神・自然・人間の大調和を自らの信念にするにはどうしたらよいのでしょうか。
先生はその方法として一般にも広まっている俳句づくりを生長の家の運動でも取り入れたいとお話下さり、『大自然讃歌』の一節を引用されました。
人間は他者を思いはかること
地上の生物随一なり。
されば仏道にて
「四無量心これ菩薩の浄土なり」
と説くに非ずや。
イエス・キリストも
「いと小さき者の一人に為した
るは、即ち我に為したるなり」
と教え給う。
この自他一体の想いこそ
人の人たる所以なり。
四無量心は神の愛にして
“人間・神の子”の証なり。
先生は、四無量心こそ、人間が神の子である証であるから、どこにいてもコトバで表現できる手段が“俳句”であるとお説き下さいました。
総裁先生は、その具体例として、大調和俳句賞で秀逸に選ばれた茨城教区の信徒の「春の雪」の季語を使った俳句を見て思いつかれたご自分の句をご紹介下さいました。それは、ご自宅の門前につもった雪の上に残された動物の足跡から、タヌキの来訪を知ることができた感動を「春の雪」の季語に託された句でした。降雪のおかげで、神・自然・人間の大調和を日常生活の中で得ることができたとお話し下さり、俳句は17音中に神・自然・人間の大調和を表現するトレーニングであると教えて下さいました。
私達が毎日神想観を実修して、心の焦点を実相に合わせて、そこから行動することが私達の運動の基本ですが、総裁先生は神想観の補助行として俳句づくりをご提案下さいました。白鳩会、相愛会、青年会で開催される誌友会で、自然とふれあい、俳句を詠むような体験にもチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
千葉教区は、大調和俳句賞に選ばれた西村せつ子さんをはじめ、生長の家ネット俳壇で活躍している素晴らしい方が沢山おられますから、そういう方々から教えていただく機会もあると良いと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。

